大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和34年(ナ)19号 判決 1960年9月09日

原告 村上亀次郎 外三一名

被告 熊本県選挙管理委員会

主文

被告が、中村巧外二名の当選の効力に関する訴願に基いて、昭和三四年四月三〇日施行の八代市議会議員一般選挙につき、昭和三四年一〇月二一日なした、「八代市選挙管理委員会が昭和三四年五月一八日訴願人等の申立てた異議に対してなした棄却の決定を取消す。昭和三四年四月三〇日執行の八代市議会議員一般選挙を無効とする。」との裁決はこれを取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一  請求及び答弁の趣旨

原告らは、主文同旨の判決を求め、被告は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

二  原告竹口清則以外の原告らの請求原因

(一)  訴提起までの経過

(1)  昭和三四年四月三〇日八代市議会議員一般選挙が執行された。原告ら三一名は同市議会議員の候補者である。

(2)  選挙人訴外中村巧、大原照逸、坂口芳男の三名は、昭和三四年五月三日八代市選挙管理委員会(以下市選管と略称する)に対し、当選の効力に関する異議申立をなしたが、市選管は同年五月一八日異議の申立を棄却したので、右三名は同年六月二日被告に訴願を提起したところ、被告は同年一〇月二一日主文表示のような裁決をなし同年一一月二日その旨告示した。

(3)  市選管委に対する異議申立と決定

ところで右訴外人三名のなした異議申立の趣旨は、「昭和三四年四月三〇日執行の八代市議会議員一般選挙において、当選者に決定された最下位当選人土田直彦の当選を無効とし、山本守三郎を当選人とする。」ことを要求し、その申立の要旨は、右一般選挙の選挙会において決定され市選管が同年五月二日なした当選人決定に対し、不服があるので、公職選挙法(以下法と略称する)第二〇六条第一項により異議を申立てると云い、その理由として、右申立人らは右選挙の開票事務を終始参観していたところ、各候補者毎に五〇票末満の端数票を残して得票数の中間発表がなされたが、候補者山本守三郎の得票は八〇〇票と発表され、その同時刻に熊本日日新聞城南総局の速報板にも、八〇〇票と明記されていることを確かめ、山本守三郎は、端数票を加えると確実に当選圏内にあることを知つた。しかるに、同年五月一日午前五時一〇分頃の発表によると、同人の得票は最終的に六四九票と報道された。右は事務上の過誤か、作為的不正か知る由もないが、あるいは五〇票一綴として結束された山本候補の得票四綴二〇〇票が他の候補者の得票に混入されているかと怪しまざるを得ない。もし二〇〇票が他の候補者の得票に混入されているとすれば、同人の得票数は八四九票となり、下位当選人土田直彦(得票数八一七票)、桶田辰雄(得票数八四一票)、麓七郎(得票数八四八票)より上位得票者となり、山本守三郎は、当然当選人に決定さるべきである。しかし、同人の得票二〇〇票がどの候補者の得票として混入計算されたのか、判明しないので、全候補者の得票につき厳密に調査の上山本守三郎を当選人とする決定を求めるというのである。これに対し市選管は、開票所において開票参観人らに対し拡声機を通じ四月三〇日午後一〇時頃から約三〇分毎に中間得票数の発表をなし、五月一日午前二時三〇分頃各候補者毎に五〇票未満の得票、按分票、疑問票を残し、全候補者の得票数を発表したが、山本守三郎の得票数は六〇〇票と発表した。申立人ら主張のように、同候補者の得票数を八〇〇票と発表したことはなく、二〇〇票が他の候補者の得票に混入されている事実はないと説示し、異議の申立を棄却した。

(4)  被告に対する訴願と裁決

被告に対する訴願の理由として中村巧外二名は、異議申立の理由の外、次の事実すなわち、本件投票は八代市長選挙と同時投票であり、市長の投票を先行させたが、第三八、第三九投票所等においては、投票管理者が中途から市議会議員の投票を先行させるよう切り替えたため、選挙人が戸惑いして、市長の投票用紙に市議会議員候補者を、議員の投票用紙に市長候補者を記載投票したので、いわゆる「正規の用紙を用いないもの」として、市長、議員の投票ともに、多数の無効投票を生じたが、これを選挙人の不正ないし過誤として無効投票として取り扱うのは酷に過ぎる。投票用紙取り違がえ記載の責任は、投票管理者及び関係職員に帰すべきであるので、この意味であるいは選挙を無効とすべきであるが、しかし、同時選挙において、同一投票函に投入された投票の用紙取り違がえの原因が、関係職員の指導の誤りにあるとすれば、これを正規の用紙を用いざる無効投票とするのは、選挙人の意思を無視し、徒らに、形式のみを尊重するものといわねばならない。市長投票用紙に記載された市議会議員候補者の得票は、それぞれ各議員候補者の無効票として再審査の上、当選人の決定に異動を生じるときは、選挙会の決定を取り消し更めて、当選人決定の裁決を求めるとの事項を追加主張した。

この訴願に対する被告の裁決理由は、市選管は四月五日投票の順序を、市長選挙の投票を先とし議員選挙の投票を後とすることを決定し、同月一八日告示第三五号をもつて告示し、第三九投票所においても、これに従つていたが、午後一時より午後二時までの間に右の投票順序を恣に変更し、議員選挙の投票を先にし、市長選挙の投票を後にして投票所閉鎖まで続行し、右告示に違背した。かような措置をとつたのは、右の順序変更前、選挙人の中に、先に投票すべき市長選挙投票用紙に誤つて議員候補者の氏名を記載し投票用紙の引替えを求めたものがあつたり、引替えは求めないがその言動から同様の誤りをしたと推認される者が相当あることが看取され、市長選挙より議員選挙により熱意があることから生ずる選挙人をして過誤なからしめるため、臨機の措置として投票順序を変更したものであつて、他意のなかつたことは十分認められるのであるが、法第一二二条の二の規定に違反したものであることは動かし難い。しかも右の措置をとつたがため、却つて候補者氏名の記載上投票用紙を取り違がえた者があつたことも看過できない事実である。この措置をとつたがため、市長選挙の投票用紙に議員候補者名を記載して無効となつた投票数が幾何かはもとより知る由もないがこの種の無効票は全部で六五一票に達しており、試みに、次点以下の上位落選人七名の得票と市長選挙の投票用紙に議員候補者名が記載されたための無効票を挙ぐれば次表のとおりである。

候補者氏名

得票数

無効票数

合算数

山中栄一

八一〇

一三

八二三

中村常男

八〇八・八四

一八

八二六・八四

沖田忠吉

八〇三

一八

八二一

下川弘

七九四

一三

八〇七

日隈義道

七八三

一七

八〇〇

小方正夫

七六二

一一

七七三

本村貢

七五八

四一

七九九

ところが、第三九投票所で投票順序を変更した以後に投票した選挙人は、凡そ一三〇名であるから、山中栄一、中村常男、沖田忠吉の氏名が誤つて市長選挙の投票用紙に記載されたための無効票は、すべて右一三〇名中選挙人によつて記載されたものであるともいえる。従つて、もし投票順序の変更がなかつたならば、右三名の氏名が記載された無効投票は、正規の用紙に記載されて有効票となり、その有効票数は右表の合算数となつて、右三名の得票は、最下位当選人土田直彦の得票八一七票を越え、選挙の結果に異動を生ずることは明らかである。加うるに、本件選挙は八代市を一開票区として執行されているので、選挙無効の区域を区分することができないため、全部無効という外はない。本件訴願は、山本守三郎の当選を主張するいわゆる当選争訟として提起されたが、選挙の執行が選挙の規定に違反し、選挙の結果に異動を及ぼす虞れがあるので、訴願人らのその余の主張に対する判断を省略し、法第二〇九条第一項に則り選挙無効の裁決をするというのである。

(二)  裁決の取消を求める理由

(1)  裁決は法第二〇九条第一項の解釈を誤つている。

被告の裁決は、当選の効力に関する訴願に対し、訴願理由の有無についてなんら顧慮するところなく、第二〇九条第一項を適用し、選挙の全部を無効としている。市、県選挙管理委員会の決定、裁決は、選挙人または公職の候補者の異議申立、訴願をまつて初めてなされ得るので、これら委員会が自から進んで審理判断し得るものではない。これは、選挙争訟制度に関する根本原則であつて、法第二〇二条、第二〇六条はこの原則に基く規定に外ならない。当選の効力に関する争訟は、選挙の有効なことを前提としてなされるものであるから、選挙の効力を争う意思なきものであり、選挙の効力を争う選挙争訟とは全くその性質を異にし、当選の効力に関して異議、訴願を経ても、選挙の効力に関する異議、訴願を経たことにはならないものと解する。従つて、同法第二〇九条第一項は、全くの例外的規定であつて選挙管理委員会または裁判所が、当選の効力に関してすら異議、訴願または訴を受理して初めて受動的に審理判断しうるに過ぎないその職能にかんがみると、可能なかぎり狭義に制限的に解釈適用することが、選挙争訟制度の根本理念に合致する所以であると考える。そして、当選の効力に関する異議、訴願があつた場合、当該選挙管理委員会が、選挙の効力に関し審理判断し得るのは、選挙無効の原因があつて、これに関する判断をしなければ、当選の効力に関する決定、裁決を合理的になし得ない場合にかぎると解するのが、同条同項に、「決定し、裁決又は判決しなければならない」と規定されている点との対応上も相当であると思料する。もしこの必然性の限界を越えて選挙管理委員会が、選挙の無効原因を探し求めてまでも、異議、訴願の趣旨、原因のいかんにかかわらず、無制限に、選挙の無効を決定、裁決することを得、かつしなければならないとすることは、それが公益的見地による立法理由があるにもせよ、異議、訴願がない以上、いかに選挙の自由公正が害された選挙であることが周知のものであつても、その選挙を有効とするのと対比して甚しく権衡を失するばかりでなく、一旦当選の効力に関する異議、訴願した者は、その内容のいかんを問わず、選挙管理委員会の選挙の効力に関する無制限な職権発動を促すために、あらゆる選挙無効原因を、その主張の適否にかかわらず当選無効の原因として顕現することによつて、選挙管理委員会ひいては裁判所に選挙無効の判断を義務づける不都合を生じ、選挙争訟に関する異議、訴願前置主義、不告不理の根本理念にも背致する結果を招来する。被告の認定によれば、第三九投票所(投票順序を変更したのは、第三九投票所のみである。)において投票の順序を変更した後の投票数は、凡そ一三〇票であつたというのであるから、かりにこの一三〇名の総べてが、山本守三郎に投票する意思で誤つて市長選挙の投票用紙に山本守三郎の氏名を記載した結果、その投票が山本守三郎の有効得票とならなかつたとしても、同人の最終有効得票六四九票(これは訴願人らの自認するところである)に、右一三〇票を加算したところで、最下位当選人土田直彦の得票数八一七票に及ばず、訴願人らの訴願の理由のないことが明白であるから、訴願を棄却すべきであり、かつこれをもつて足るのであつて、毫も訴願人らの意としない選挙の効力に関する判断をする必要は存在しない。従つてかかる判断をなし得ないものというべきである。

(2)  本件は法第二〇五条の「選挙の規定に違反する」ものに当らない。

八代市第三九投票所において、投票の順序変更の措置をとつたのは、同投票所は狭い所で、立会人その他選挙事務従事者と投票者との間隔が常に接近しているので、投票用紙に間違がえて記載したかどうかは、投票者の言動で比較的容易に感知し得たのであつて、ことに順序変更前の選挙人の中に、先に投票すべき市長選挙の投票用紙に誤つて議員候補者の氏名を記載し、投票用紙の再交付を求めた者があつたり、再交付を求めはしないがその言動から同様の過誤をしたと認められる者が相当あることが看取され、選挙人が市長選挙より議員選挙に熱心であることより生ずる選挙人の過誤をなくするため、臨機の措置として投票順序を変更したものであることは、被告が裁決の理由中においても認めているところである。各投票所において投票用紙を交付する際、一々市長選挙投票用紙である旨、議員選挙投票用紙である旨を告げて、交付したにもかかわらず、市長選挙投票用紙に誤つて議員候補者の氏名を記載し投票したため、無効となつた票は、一、二八八票の多きに達するに反し、議員選挙投票用紙に誤つて市長候補者の氏名を記載したため、無効となつた票は、五三〇票に過ぎない事実は、候補者が多数で競争の激しかつた議員選挙に一般の関心が深かつたことを物語るものである。第三九投票所の投票事務従事者は、投票管理者宮本伝次郎、職務代理者事務主任宮本功太郎、庶務課山本積蔵、受付係丸塚孝一、投票用紙交付係坂口恵美子の五名であつたのであるが、同人らは選挙人らの右のような言動を看取して、投票順序を変更した後は、選挙人に対して投票用紙を交付する度毎にその一人一人に対し、市議会議員選挙の投票用紙と市長選挙の投票用紙との区別を明確に告知して、互に一致協力して投票に過誤なきよう万全の措置をとつたため、右順序変更後においては市長選挙の投票用紙に議員候補者の氏名を書いたり、またこれと反対に議員選挙の投票用紙に市長候補者の氏名を書くがごとき、投票用紙を取り違がえて投票する選挙人なきにいたらしめたのである。また、第三九投票所における投票箱は一個でありこの一個の投票箱に市長と議員選挙の両投票が共に投入されたのである。市長選挙と議員選挙とを同時に行う場合に、投票箱が一個である上に、上述のように、選挙人が市長選挙よりも議員選挙に関必深く熱心であるため過誤を生じつつある情況において。選挙人に同種の過誤を繰り返えさせないため、臨機の措置として投票順序を変更するということは、公正な選挙の執行を目的とする正当事由に基く適当な措置であつて、形式的には法第一二二条の二に基く市選管の告示に違反するように見えるが、実質的には、投票の際無効投票の生ずることをなからしめるという公職選挙法の精神に合致するものであり、選挙の自由公正を害する措置ではないから、法第二〇五条にいう「選挙の規定に違反する」ものには、当らないというべきである。

(3)  投票順序の変更は本件選挙においてはその結果に異動を及ぼすおそれがあるものではない。

1、本件選挙において、市選管の投票順序の決定(市長選挙を先にし、議員選挙を後にするということ)は、甲第一号証の一のとおり、それだけでは各投票所における投票の順序を知ることのできない文章でなされ、その公示方法としては、市選管規定の定めるところにより、八代市役所前の掲示場に、昭和三四年四月一八日から選挙当日まで、他の同し型(普通使用される半罫紙)の約二〇通の告示文書中に挾んで重ね、これらを一緒にして右肩を紐で括り、その紐で同掲示場の表にぶら下げて告示したものであつて、特にこの告示内容を調べる目的をもつて点検しなければ、告示の有無すら知り得ない状態におかれていたのであるから、この告示によつて一般有権者が投票順序を知つていなかつたことは明らかであり、ことに右掲示板から一三粁以上の距離にある農村地帯である第三九投票所の区域に居住する選挙人が、右のような告示によつて予め投票順序を知つていたことは、特段の事情のないかぎり有り得ないことであり、このことは、証拠調の結果によつて明らかである。

2、市選管においては、投票用紙を間違がえずに投票させるには、投票事務従事者が投票用紙を交付する際、これが市長選挙の投票用紙であり、それが議員選挙の投票用紙である旨を明確に各選挙人に告知することが最良の方法であるとして、投票事務従事者をしてこれを励行させるとともに、市選管で決定した投票順序は、選挙事務従事者において、市長選挙の投票用紙を先に交付し、ついで議員選挙の投票用紙を交付するという方法によつて順守させる方針をとつたのである。従つて投票順序を予め有権者に知らせる必要はないとして、前示の告示した以外には、八代市公報その他選挙に関する頒布文書に掲載するとか、宣伝カーによる啓蒙宣伝、投票所の内外その他市内の掲示、投票入場券または投票用紙に記載して告知するなど、直接有権者に投票順序を周知させるための措置は全然講じていない。また候補者その他の選挙運動者において、投票順序を宣伝周知させることは、一般的に皆無に属し、もとより第三九投票所の区域でこれを宣伝周知させたことはない。以上の次第で、投票順序を変更した前に、第三九投票で投票を終えた投票者から、投票順序を周知した特異の例外的選挙人の外は、有権者にして投票順序を知つていた者はない。投票を終えた者から聞知したというのも、「黒ずりが市長で、赤ずりが議員だ」とか「黒ずりが先で、赤ずりが後だ」とかいう程度の聞知で、市長選挙の投票を先にし、議員選挙の投票は後にすべきものであるとの確乎たる観念を抱かしめられた聞知者は存在しない。

3、第三九投票所において投票順序を変更したのは、選挙当日の午後二時と午後三時の中間であり、変更後の投票者は女性五四名(山口キクエら)以内、男性四六名(山本重敏)以内一〇〇名以内であり、これらの投票者は、前にも述べたとおり、議員投票用紙を、それが議員投票用紙である旨、係員からそれぞれ明らかに告げられて、交付を受けたので、有権者の議員選挙に対する関心の強かつたことと相まつて、市長議員選挙の投票用紙を間違えて記載し投票したものでない。ことに投票を済ました者から、市長選挙の投票が先であることを聞知していた山口キクエ、山本ノカ、山本ユツの三有権者ですら、投票用紙を間違がえないで投票しており、他の投票者は、予め投票の順序を知らなかつた者であるので、投票用紙を間違がえることなく投票しているので、第三九投票所における投票順序の変更は、選挙の結果にいささかの異動をきたしてはいない。

三  原告竹口清則の請求原因は、同原告は本件選挙の選挙人であると述べた外は、その余の原告らの右記載の請求原因とほゞ同旨であるから引用する。

四  原告らの証拠<省略>

五  被告の答弁事実

(一)  原告らの請求原因(一)の(1)ないし(4)の事実及び原告竹口清則が選挙人であることは認める。

(二)  地方公共団体の議会の議員及び長の選挙の効力並びに当選の効力に関する審判が候補者または選挙人の異議申立、訴願をまつてなされるものであつて、選挙管理委員会が進んで審判すべきでないことは、法第二〇二条第二〇六条の明文の示すとおりであつて、法が訴訟法上のいわゆる不告不理の原則を採用していることは言をまたない。

(三)  当選の効力に関する争訟は、選挙が有効であることを前提とする。そこで、法第二〇九条第一項は、当選の効力に関する争訟の審理に当り、選挙を無効とすべき理由を発見したときは、選挙管理委員会、裁判所は、その旨の決定・裁決・判決をなすべきことを規定し、不告不理のの原則に対する例外を定めている。これは、公職の選挙が厳正公平に行われ、いやしくもその公正が疑われることのないことを期待する法意の顕現であつて、例外的規定であるから狭義制限的に解しなければならないものではない。それゆえ、当選の効力に関する訴願の裁決において、選挙の効力について裁決したのは当然である。

(四)  同時選挙の執行において、投票順序の決定は、当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会が決定すべきことは、法第一二二条の二の規定するところであつて、この決定に違背する選挙事務の執行は、法第二〇五条第一項にいわゆる選挙の規定に違反するものであつて、投票管理者その他の事務従事者の自由裁量をもつて変更することは、断じて許されない。従つて、市選管の決定に反してなされた第三九投票所における投票順序の変更は、法第二〇五条第一項の選挙の規定に違反することにあたることは明白である。法第二〇五条第一項は(イ)選挙の規定に違反することとともに(ロ)選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあることの二個の要件の具備することをもつて、選挙を無効とすべきことを定めている。しかるに、本件において、市長選挙の投票用紙に議員候補者の氏名を書いたため、無効とすべき投票は一二八八票であつて、これを落選した候補者につき算すれば、最多は田並次太郎の四九票、最少は山口一生の四票である。上位落選人たる山中栄一、中村常男、沖田忠吉について見るに原告主張の二(一)(4)に記載の表のとおりで、右三名の各得票全数は、最下位当選人土田直彦の有効得票八一七票を越える結果となるのであるが、右三名の無効票がいずれの投票所において生じたものであるかは、知ることができないと同時に、あるいは第三九投票所の投票者によつて投票されたかも知れないとの推定も可能である。ことに前示田並次太郎の四九票の外、落選人本村貢の四一票、同山本守三郎の三三票の各無効票が、右三名以外の落選候補者の無効票最多数の二二票に比し著しく多いこと、及び右田並、本村、山本の三名のみが第三九投票所の所在する旧二見村(二見村は八代市に合併されて、二見町となつた)に居住する議員候補者であることを、かれこれ考慮すれば、同投票所における投票順序の変更による投票者の心理的混乱によつて、他の投票所に比較しより多くの無効票を生じたのではないかとの疑を濃厚にするものといわなければならない。

(五)  第三九投票所における投票順序の変更は、選挙当日の午後一時から午後二時までの間になされ、変更後投票した選挙人が凡そ一四〇名であることは動かしがたい事実であるが、右一四〇名が投票順序の変更によつて、市長選挙の投票用紙と議員選挙の投票用紙を取り違がえて候補者氏名を書いて投票したと推定することも、理論上は可能である。被告は右の一四〇名が悉くかかる過誤をおかしたと断定するものではないが、推定はなしうるというのである。選挙の規定に違反することがあるときにおいて、選挙の結果に異動を及ぼすおそれがある場合とは、かかる推定の可能な場合をもいうのである。原告らは、投票事務従事者の周到入念になした注意によつて、投票順序の変更後、市長選挙の投票用紙に誤つて議員候補者の氏名を記載して投票した者は一名もなかつたと主張するが、これこそ妄断の譏りを免れない。

要するに、被告の裁決はなんら法第二〇五条第二〇九条等の解釈適用を誤り、事実を誤認した違法はないので、原告らの請求は棄却さるべきである。

六  被告の証拠<省略>

理由

一、事実摘示二の(一)の事実及び原告竹口清則が本件選挙の選挙人であることは当事者に争がない(原告竹口清則以外の原告らが、本件選挙における議員候補者であることは、成立に争のない甲第六号証、乙第一号証により、被告の裁決が昭和三四年一一月二日告示され、同月三〇日本訴の提起を見たことは、成立に争のない乙第三号証及び記録に徴して明らかである)。

二、事実摘示二の(一)の(1)(三において引用するところを含む)の主張について。

選挙管理委員会または裁判所は、地方公共団体の議会の議員選挙において、その選挙ないし当選の効力に関し、異議がある選挙人または議員候補者から異議の申立、訴願もしくは訴の提起がなければ、選挙ないし当選の効力に関し審理判断することができないのは当然であるけれども、当選の効力に関する争訟は、選挙の有効であることを前提とするもので、選挙が無効であれば、当選に関する争訟は存立する余地がなく、選挙争訟は事公益に関するところが重大であるので法第二〇九条は、適法な異議の申立、訴願もしくは訴の提起によつて、当選の効力に関する争訟を審理するにいたつた選挙管理委員会または裁判所が、その争訟に現われた全資料に基いて、選挙自体が無効であることを認めたときは、当事者の主張をまたず、すすんで選挙の無効を決定、裁決し、もしくは判決することを要する旨を規定しているのである。したがつて、八代市議会議員の一般選挙において、その当選の効力に関し異議がある選挙人中村巧外二名が適法に申し立てた異議を市選管から棄却されたため、さらに被告に訴願し、よつてこれを審理するにいたつた被告が、争訟資料に基いて選挙が無効であると認定したため(その認定の当否はしばらくおく)、選挙を無効と宣言裁決したのは当然であつて、右認定が正当であるかぎり、この裁決には、原告ら主張のような法第二〇九条の解釈を誤つた違法は存しない。これに反する原告らの主張は、独自の見解に出るもので、容易く採用しがたい。

三、同(一)の(2)の主張について。

当事者弁論の全趣旨及び成立に争のない甲第一、三号証の各一、二、証人有田秀義、泉秀彦、矢鉾義行(第一回)、宮本功太郎(第一、二回)、山本積蔵(第一回)の証言によれば、本件選挙は八代市長の選挙と同時に行われ、市選管は法第一一九条第一項第一二二条の二の規定に従い、市長選挙と議員選挙の各投票用紙を同時に交付する投票所以外の投票所においては、投票の順序は、市長選挙の投票を先にし、ついで議員選挙の投票を行う旨決定し、八代市選挙管理委員会規定の定めるところに従い、昭和三四年四月一八日告示第三五号として八代市役所前の掲示場に掲示してこれを告示したところ、第三九投票所においては、投票当日の午後二時頃までは、右告示に従い選挙人に対し市長選挙の投票用紙を先に交付して投票させ、ついで議員選挙の投票用紙を交付して投票させてきたが、同投票所の投票管理者と投票事務主任者らとが協議の上、右告示に違反し恣に右の順序を変更し、同日午後二時頃から投票終了までの間、議員選挙の投票用紙を先に交付して投票させ、ついで市長選挙の投票用紙を交付して投票させたことが認められ、これに反する証拠はない。したがつて、右投票順序の変更は、選挙の管理執行の規定に違反することが明らかで、たとえ、右変更するにいたつた事由が原告ら主張のとおりだとしても、それだけでは選挙の規定に違反しないと解することはできない。これに反する原告らの主張は採用しない。

四、よつて、右投票順序の変更は選挙の結果に異動を及ぼすおそれがないので、選挙は無効でない旨の原告ら主張の(二)の(3)について判断する。

右三に示した証拠資料及び成立に争のない甲第四号証の一ないし三、甲第五、六、七号証、乙第二号証、第一、二回検証の結果、証人田中重男、萩本静夫、沢秋利、白浜孝一、坂口恵美子(第一回)、上野守義、山本重敏、山本シズエ、山本ヤス子、山本エツ(記録二三九丁)、山本守三郎、本村貢、山本ノカ、山本茂一、上野正、山本武雄、村川要蔵、丸塚正弘、坂口平、坂上徳男、窪田辰喜、江浦伊七、丸塚甚右ヱ門、山本正重、山口昭夫、上野末治、遠山揆一、溝口米喜、牧一男、山本達也、上野純二、平川重久、溝口季嗣、木村兼重、丸塚利道、上野惣太郎、牧利男、岩坂義高、溝口勝人、村川要、河村又平、牧均、藪下忠八、藪下弘、山本人次、山本権四郎、山本秀義、山本イノ、草野茂、宮田国義、上野トモ、上野千代子、懸崎作造、牧チソ、山本トチ、山本ハル子、中川律子、岡静子、藪下トラノ、牧シズモ、草野季子、窪田アサエ、坂口スエノ、草野和子、坂口セト、奥田カヅ、牧ヨシ子、窪田タエ子、山本ヨシ子、奥田ヒデ子、赤星テルコ、赤星恵美子、宮本アキヲ、牧寿美子、岩坂フジノ、山本チヨ子、木村はつえ、上野シモ、山本ヤエ、山本タエ、平野ヒサエ、山本スエノ、宮田時子、宮田香、森山市子、平野フミノ、藪下妙子、中川恵茂、山本ミツエ、村川タエ子、竹本ヨシエ、溝口ンメノ、赤星シズ子の各証言、当事者弁論の全趣旨を合わせ考えると、順次つぎの1ないし4の事実を認めることができ、4に示すとおりに判断せざるを得ない。

1、前認定の本件同時選挙における投票の順序を定めた告示第三五号は、昭和三四年四月一八日から選挙の日である同月三〇日まで、第三九投票所から一六粁を隔つる八代市役所前の掲示場一箇所に掲示して公示されたが、その掲示の仕方は、同告示文書と同型の半罫紙に記載された約二〇通の他の告示文書中にこれらと共に積み重ねた上一緒にしてその右肩に紐を通して掲示場にぶらさげてなされたので、特にこれを点検して調ぶれば告示内容が判明するけれども、さもないかぎり、八代市に近く合併されるまで葺北郡旧二見村であつた農村地帯の、同掲示場から一六粁位を遠ざかる第三九投票所区域内の有権者が、右公示(掲示)によつて予め、投票用紙交付の順序を知つたとは認められないこと。

2、市選管においては、市長選挙の投票用紙と議員選挙の投票用紙とを間違がえないで、これに記載し投票させるには、用紙印刷の色を異にし、前者を黒刷り、後者を赤刷りとし投票事務従事者が投票用紙を交付する際、その都度これは市長選挙の投票用紙(黒刷り)であり、これは議員選挙の投票用紙(赤刷り)である旨を明確に、その交付を受ける各選挙人毎に告知することが最良の方法であるとして、投票事務従事者にこれを励行させる方針をとつたので、予め投票の順序を選挙人に知らせる必要はないと認めて、前記の公示をなした以外には、八代市報(毎月一日一一日二一日発行で、甲第四号証の一は昭和三四年四月一日発行の二三四号、同四号証の二は同月一一日発行の二三五号、同四号証の三は同月二一日発行の二三六号であるが、いずれも投票順序に関する記事はない。)その他選挙に関する頒布文書に掲載するとか、宣伝カーなどによる啓蒙宣伝、投票所の内外その他八代市内における公表・掲示、投票者入場券・投票用紙に印刷記載して告知するなど、直接選挙人に投票順序を周知させるための措置は全く講じていないこと。また市長・議員候補者その他選挙運動者らにおいて投票順序を宣伝周知の方法をとつたことはなく、第三九投票所区域内で投票順序に関し宣伝周知方法のとられたことは全くないこと。

3、第三九投票所においては、投票用紙の交付にあたり、市選管の前示方針を励行し、投票事務従事者は、投票用紙交付の順序を変更するまでは、先に市長選挙の黒刷りの投票用紙を交付し、その都度各選挙人に対し、これは市長選挙の投票用紙である旨を明らかに告げて交付し、その選挙人が投票を終えて再び投票事務従事者の許へ来た際、同選挙人に対し、これは議員選挙の投票用紙である旨を明らかに告げて、赤刷りの議員選挙の投票用紙を交付し、投票順序変更以後は、右とは逆に、選挙人に対し先ず赤刷りの議員選挙の投票用紙を交付し、その都度これは議員選挙の投票用紙である旨を明らかに告げ同人がその投票を終えて再び来た際、これは市長選挙の投票用紙である旨を明らかに告げて、黒刷りの市長選挙の投票用紙を交付したこと。もつとも第三九投票所で投票した選挙人のうち山本達也のように、他の投票所の投票事務従事者で、投票用紙のことや投票順序などを知悉している者であつて、かつ、第三九投票所の投票事務従事者において、そのことを知つている者に対しては、同従事者において右の告知をしなかつたことのあることは認められるけれども、これはいわば真に唯一ともいうべき例外に外ならないのであつて、しかも投票用紙の告知は、投票者の投票の過誤なきを期するためになされるものである以上、告知をするまでもなく、投票の過誤なきことの明白な選挙人に対してまで、形式的な告知をしなかつたからといつて、そのことを非難すべきではない。

4、第三九投票所において、投票順序を変更した後に投票した者は多くて一三〇名以内(もちろん一三〇名以内の何名であるかその人数は明らかでないが、一三〇名を越えることはない。)で、そのほとんどの大部分は予め投票順序を知らなかつた者であるから、これら大部分の者は、投票順序変更のゆえに投票を誤つたと直ちに見ることは無理であるし、前示山本達也のような選挙関係事務担当者などで、予め投票順序を知つていた者及びこれらの者や順序変更前すでに投票を終えた者から直接間接に投票順序を予め聞知した極めて一少部分の者のいることは証拠によつて認定でき、また条理の上からも推認されうるけれども、これら極少部分の者は、投票用紙交付の際における投票事務従事者の前示告知と投票用紙の記載(殊に市長選挙のそれは黒刷りで、議員選挙のそれは赤刷りである)を見て、両者を区別しうるので、これらの者が、投票順序が変更されたためその結果として、市長選挙投票用紙に議員候補者の氏名を記載し投票したと速断することは困難で、またこれを認定しもしくは推認するに足るなんらの資料とてなく、以下この点について詳説すれば、本件選挙において、市選管は投票所が狭隘であるなどの事由によつて、投票管理者が相当と認めるときは市長選挙の投票用紙と議員選挙の投票用紙を同時に交付することをうる旨告示しているので、検証の結果に徴し明らかなように、本件第三九投票所は狭隘で規模が小さいので、投票管理者は、その自由な裁量により投票用紙の同時交付をなし得ないでもなく、換言すれば市長選挙を先にし、議員選挙を必ず後にしなければならないということに拘束されるものではないということ、従つて、本件選挙における総数四二ケ所の投票所(甲第四号証の三)中第三九投票所のみ投票用紙を同時に交付することも可能であつて、この場合投票用紙を見て、それが市長選挙用のものであるか議員選挙用のものであるかを知ることのできない者は投票事務従事者の前示告知にたよつて記載投票するの外はないという事実を参酌した上、本件同時選挙において、議員選挙の投票総数五一、〇四七票の内無効票は一〇一一票で、さらにこの無効票の内議員選挙の投票用紙に市長候補者を記載したものとして無効とすべきものは五三〇票で、また、市長選挙の投票総数五一、〇四四票の内無効投票二二三九票で、さらにこの無効票の内市長選挙の投票用紙に議員候補者を記載したものとして無効とすべきものは一二八八票であるから、相当多数の投票者が、投票順序の変更にかかわりなく市長選挙と議員選挙との投票用紙をかれこれ間違がえて候補者を記載投票しているという事実、さらに、現に第三九投票所においては、順序変更前に両箇の投票用紙を間違えて記載汚損したため、議員選挙の投票用紙の再交付を求めないまでも、投票用紙を間違えて記載投票した者のあつたという事実、本件選挙において、議員の定員三六名であるのに、その立候補者は五四名の多きに達して競争が激しい上に、旧二見村出身者三名が立候補したため第三九投票所区域内の一般有権者の関心は、市長選挙より議員選挙に向かつていたという事実(選挙に無関心な有権者のいたことは当然であるが)、以上の各事実に加えて特に前認定の投票用紙交付の際における投票事務従事者の明確な告知がなされたことを合わせ考えると、投票順序変更後の予め正規の投票順序を知つていた少数の選挙人中投票紙記載の文字を解し得ない者といえども、順序変更があつたために、投票用紙を間違えて、これに記載投票したと推測しうる可能性もないこと。以上の各事実が認定判断される。この認定に反する和久田俊夫の証言及び投票所入場券綴は投票順に正確に順次重ね綴つてある旨の各証言は採用できないし、その外に以上の認定を動かすに足る証拠はない。

法第二〇九条第一項第二〇五条第一項の「選挙の規定に違反し……選挙の結果に異動を及ぼすおそれがある場合」とは、選挙の規定に違反する事実が存し、その違反する事実によつて選挙の結果に異動を及ぼす可能性がある場合(蓋然性を必要としない)をいうと解すべきところ、第三九投票所においては、選挙の投票順序の変更という市選管の告示違反の事実は存するけれども、右違反事実の故に、選挙の結果に異動を及ぼす可能性が存在しないことは、前示認定のとおりであるので、これと反対に、選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあると認定し、本件選挙を無効とした被告の裁決は違法であつて取消を免れない。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 鹿島重夫 秦亘 山本茂)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例